「涼宮ハルヒの驚愕」のそこはかとないネタバレ感想
涼宮ハルヒの驚愕 初回限定版(64ページオールカラー特製小冊子付き) (角川スニーカー文庫)
- 作者: 谷川流,いとうのいぢ
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2011/05/25
- メディア: ペーパーバック
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谷川流さん著「涼宮ハルヒの驚愕」前後編を読んでのとりとめのないネタバレ感想。
- 本作は作品世界がαパートとβパートの2つに分岐し、再び1つに収斂していく構成を採っています。これをSF的に分岐世界、可能世界を描いた作品として捉えるのが素直な解釈かも知れません。しかし、複数の事件が同時進行し、最後に実はそれらが1つの事件の裏表であったというのは「伏線を敷く」というストーリー作りの常套手段であり、特にSF的に見る必要はないと考えます。(伏線の敷き方で見れば、「分裂・驚愕」は「陰謀」に近いと言えるでしょう。)
- 恐らく、大多数の読者にとっては平和なαパートよりも危機感のあるβパートの印象が強いと思います。しかしそれらが1つの事件の裏表であったという構成でインパクトを得ようとするならば、αパートをもっと派手にしても良かったと思います。つまりはヤスミというキャラクターをもっとプッシュした方が良かったのでは、と。
- クライマックスの超能力バトルは「学校を出よう!」1巻を彷彿とさせます。特に次のシーンなど。
≪神人≫がもう片方の腕を上げ、握り拳を作った。そのまま強烈なパンチを部室に叩きつける――。
校舎の外壁が突如として爆発した。
巨人の握り拳が窓を突き飛ばし壁を突き崩して、まるで日比木を後ろから襲うような勢いで突き込まれた。
- ハルヒは「学校を出よう!」における高崎春奈のポジションであるというのが私の持論ですが、「驚愕」を読んでその考えはより確信に近づきました。例えば「学校を出よう!」の次のシーンなどはハルヒとキョン、春奈と佳由季を比較する上でかなり興味深いです。
「春奈さんを現世に繋ぎ止めているのはキミの力だ」
「分裂した自我が元通りに合一したならば、その力はキミの許へと還る。キミは晴れてこちら側、この学園の真の一員になる」
- 「ハルヒ」シリーズにおいて、ハルヒの作り出した閉鎖空間内でバトルが行われるのは、実は第1作の「憂鬱」以来です。閉鎖空間を重視した場合、「驚愕」は「消失」や「陰謀」の後の作品というよりも、「憂鬱」の直接の続編と見ても良いかもしれません。
- 谷川流作品の一つの特徴は、キャラクターがゆらぐ、ぶれるということです。例えば長門有希は「消失」で「通常長門」と「消失長門」に分れ、朝比奈みくるは「陰謀」で「みくる」と「みちる」がだぶっています。ただし涼宮ハルヒについて言えばキャラクターはほとんどゆらいでいませんでした。「笹の葉ラプソディ」や「消失」で中学生時のハルヒや「消失ハルヒ」が登場するものの、あくまで受身的な、ストーリーを駆動させるというよりは副次的なゆらぎかたですし、ツンデレ的な振る舞いも、ある種様式美なものです。しかし「分裂」「驚愕」におけるハルヒとヤスミの分裂は、それ自体がストーリーを駆動させる主体的なものです。本作以降、ハルヒというキャラクターを消費する際には、長門やみくると同じような、キャラクターのぶれを意識していくことになるのではないかと思案中です。
- そういうキャラクター消費の面から見ても、「分裂・驚愕」は「消失」や「陰謀」の続編ではなく、「憂鬱」の続編であり、かつ「消失」や「陰謀」と並列的に置かれた作品である、と捉えることが可能だと考えています。つまり、下図のような感じです。
- 一方で、「分裂・驚愕」のヒロインがハルヒであることは間違いなく、これを「消失」のヒロインが長門であったことからの回帰であると捉えることもできます。次の図のような感じです。というか、これが普通の捉え方でしょう。