ノンシリーズ短編集を増やす方法は、なくはない
ライトノベルにノンシリーズ短編集が少ないという話題があちこちで取り上げられているので、電撃hpでノンシリーズ短編を2作以上発表されている作家さんとその作品をリストアップしてみました。(全部読んで内容をチェックしている訳ではないので、シリーズものも含まれているかも知れません。汗)
(元データ:電撃hp掲載作家&作品一覧)
- 阿智太郎さん
- 有沢まみずさん
- 万年すだれ禿係長小保多喜八郎の冒険
- Grow me
- NICE GAY
- SMOKING CHAIN
- 鎌池和馬さん
- 殺人妃/殺人器(シリーズもの?)
- 謎のその先に
- 川上稔さん
- 逢えば変する奴ら
- コガレ
- 祭紀りゅーじさん
- M・想う男
- げんぱこ
- ボクは召喚獣
- 鈴木鈴さん
- ネコの風景
- 邸園 His Garden
- 深沢美潮さん
- 古橋秀之さん
- 自動的だよ! ブギーさん!!
- 日本一の触手者
- ある日、爆弾がおちてきて →電撃文庫「ある日、爆弾がおちてきて」収録
- おおきくなあれ →電撃文庫「ある日、爆弾がおちてきて」収録
- 恋する死者の夜 →電撃文庫「ある日、爆弾がおちてきて」収録
- トトカミじゃ →電撃文庫「ある日、爆弾がおちてきて」収録
- 出席番号0番 →電撃文庫「ある日、爆弾がおちてきて」収録
- 三時間目のまどか →電撃文庫「ある日、爆弾がおちてきて」収録
- 守ってくれる? アダムスキー
- 三上延さん
- Falling
- M/W・二枚のメダル
- 渡瀬草一郎さん
- 残酷劇の夜
- まじょるか。
- カガミのムコウ
この他に1作しか発表されていない作家さんもいらっしゃいますので、ノンシリーズ短編自体は決して少なくはありません。それに電撃hp誌上では短編によるコラボレーション企画も盛んに行なわれていて、必ずしもノンシリーズ短編を発表しづらいという状況ではないのですよね。
ところが、そこから文庫になったのは「おちゃらか駅前劇場」「TETORA」「ある日、爆弾がおちてきて」の3点のみです。書き下ろしノンシリーズ短編集もあるでしょうが、それを含めても、同じ期間(電撃hpが創刊された1998年以降)に刊行された電撃文庫700点以上のうちの1%あるかないかでしょう。ちょっとさびしい現状ですね。
けれども雑誌にノンシリーズ短編が出ているという事は、出版社・編集者側もそれが全くビジネスになり得ないとは考えていないということですよね。であれば、実はノンシリーズ短編集を増やす方法はなくはないのです。出版社に儲かると思わせればいいのですから。具体的には
- 雑誌にノンシリーズ短編が載ったら「面白かった!この作者の別の短編も読みたい!」と読者アンケートはがきをだす。
- ノンシリーズ短編集が単行本で出たら買う。
- さらに「面白かった!この作者の別の短編も読みたい!」と単行本の読者アンケートはがきを出す。
「そんなの無駄だよ〜」と思われるかも知れませんが、少なくともマイナスにはならないですよ。そうでなければライトノベルの雑誌・単行本にアンケートはがきが付いている訳がありません。それに1人1人では効果が小さくても組織票…といったら語弊があるかも知れませんが沢山の人が力を合わせれば出版社・編集者側を少しは動かすことができるはずです。買う側がお金を出せば…そこにお金が絡んでくるのは商業作品なので仕方のないことですが…。
思うに…商業作品の文化だと、あるジャンルを育てるか廃れさせてしまうかの責任は消費者にだってあるんじゃないかなぁと。何故廃れてしまうかと言えば、業界内の事情もあるでしょうが、買う側がそういう傾向を選択しなかったからというのもあるはずなんです。ライトノベルでノンシリーズ短編集を増やしたいのであれば、みんながノンシリーズ短編集を買って、業界に「売れるぞ!」と思わせるのが、まず消費者側のできることだと思います。*1
*1:一番重要なのは作品形態ではなくて内容なのでしょうが。
作品性…ですか
blackrainさんの「ライトノベル短編論」
http://d.hatena.ne.jp/blackrain/20051030#p4
を読んで思ったこと。
桜坂洋さんがSF大会の「サクラ対戦」で「ライトノベルの幅が広がって、シリーズ以外で書きたいものが書けるようになった」と言われていたんですよね。確かにそうでなければ桜坂さんの「All You Needs Is Kill」や桜庭一樹さんの「赤×ピンク」「推定少女」「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」がライトノベルレーベルから出ることはありえなかったと思います。それらはシリーズで売ることは眼中になくて単発の作品性で勝負するものだった*1訳ですが、結果的にはライトノベルの外でも注目されました。桜坂さんや桜庭さんにライトノベル以外の仕事が来ているのも良いことだと思います。
が、なんというか、発信元であったライトノベルの中では「単発作品の作品性で売れ!」という動きが広がっているようには感じられないのですよね。電撃のハードカバー路線がその動きに近いものかも知れませんが、それだって作品性オンリーではなくハードカバーというパッケージで売ろうとしている訳ですし。いや、私のアンテナは流行に疎いので、もっと凄い流れが着々とできつつあるのを見逃しているのかも知れません。(汗)
もうひとつ思うのは、あまりに作品性を追求していったら、それはいつかライトノベルではなくなってしまうのではないかなということ。そういう難しいことは文芸にまかせておけば良いのではないかと思いますし、作品性を追求する作家・作品ばかりがライトノベル内に増えると言うのもそれはそれで変かな、と感覚的に思います。気軽に読めることや、小難しい既成の価値観をぶち壊すパワーがライトノベルの売りなんですからね。じゃあ小難しい理屈もどきばかりこねてるお前は何なんだよとつっこまれそうですが。(汗)