作品性…ですか

 blackrainさんの「ライトノベル短編論」

http://d.hatena.ne.jp/blackrain/20051030#p4

を読んで思ったこと。

 桜坂洋さんがSF大会の「サクラ対戦」で「ライトノベルの幅が広がって、シリーズ以外で書きたいものが書けるようになった」と言われていたんですよね。確かにそうでなければ桜坂さんの「All You Needs Is Kill」や桜庭一樹さんの「赤×ピンク」「推定少女」「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」がライトノベルレーベルから出ることはありえなかったと思います。それらはシリーズで売ることは眼中になくて単発の作品性で勝負するものだった*1訳ですが、結果的にはライトノベルの外でも注目されました。桜坂さんや桜庭さんにライトノベル以外の仕事が来ているのも良いことだと思います。

 が、なんというか、発信元であったライトノベルの中では「単発作品の作品性で売れ!」という動きが広がっているようには感じられないのですよね。電撃のハードカバー路線がその動きに近いものかも知れませんが、それだって作品性オンリーではなくハードカバーというパッケージで売ろうとしている訳ですし。いや、私のアンテナは流行に疎いので、もっと凄い流れが着々とできつつあるのを見逃しているのかも知れません。(汗)

 もうひとつ思うのは、あまりに作品性を追求していったら、それはいつかライトノベルではなくなってしまうのではないかなということ。そういう難しいことは文芸にまかせておけば良いのではないかと思いますし、作品性を追求する作家・作品ばかりがライトノベル内に増えると言うのもそれはそれで変かな、と感覚的に思います。気軽に読めることや、小難しい既成の価値観をぶち壊すパワーがライトノベルの売りなんですからね。じゃあ小難しい理屈もどきばかりこねてるお前は何なんだよとつっこまれそうですが。(汗)

*1:桜庭一樹さんの「赤×ピンク」以降の一連の作品は「地方都市シリーズ」と言えますが、個々に独立した作品として読めますのでここではシリーズものとはしないで考えます。