黒歴史をもっと調べることが必要では

 「アルスラーン戦記」「スレイヤーズ」「ブギーポップ」のようにその後のライトノベルに大きな影響を与えた作品を調べることは、ライトノベルの現在、未来を考える上で重要だと思います。が、それだけでなく「影響を与えなかった作品」「潰えてしまった系統」を調べる必要もあるのではないか、とも思います。

 私はアンテナが弱く、他の方がどう考えられているか良く把握できていません。ですが、どうもライトノベルの流れを捉えようとする時、成功作ばかりが追いかけられているような気がします(あくまで感覚ですが)。これはおかしな感じがするのです。

 解説本に面白い作品が紹介され、年表に名作が並べられる、これは当然のことです。でも解説本では触れられることのない、袋小路に入ってしまった失敗作の方が成功作の何倍もある訳です。リアルタイムでその数々の失敗を見てきた人達はともかく、最近ライトノベルに興味を持たれ始めた人達はそれをご存知ないのではないかと思います。

 ライトノベルを1本の樹木に例えるなら、その木は色々な方向に枝葉を茂らせては多くを枯らせ、また色々な方向に枝葉を茂らせては多くを枯らせてきました。決して、優等生のように真っ直ぐに延びてきたものではないのです。

 例えば、ハードカバー路線の話題。現在のライトノベルにはハードカバーのレーベルがなく、そこに電撃がハードカバー路線を打ち出してきて少々話題になっています。けれども「ハードカバーのレーベルがない」のは「今まで一度もなかった」のではなく「あったけれども今に続いていない」からですよね。

 だからといって即、現在の電撃のハードカバー路線がうまくいかないなどとは言えません。過去と現在では状況が違います。メディアワークスもハードカバー路線を進めるに当って過去の例を調べられて、対策を考えられているでしょう。私も応援していますよ。何冊か買っていますし。

 でもどうもネット上のライトノベル界隈では「あったけれども続いていない」ことがあまり認識されていないような気がするのです。「今までなかった」と認識しているのと、「あったけれども続いていない」と知っているのとでは、「今後どうするべきか?」の考え方がだいぶ違うはずです。

 ……どうも今日は年寄り臭い話ばかりしてしまいました。お見苦しいところをお見せしてしまったかも知れません。私ももう若くないな、と思います。(^^;

 かなり愚痴っぽく書いてしまいましたが、私は今の混沌とした状況は好きですよ。ライトノベルの将来も楽観視しています。そう簡単に潰れませんよ。今までも失敗の連続だったんですし。(笑)

 まぁ、ライトノベルライトノベルという名前で呼ばれなくなったり、別の何か変わったりする可能性は十分ありますけれども。