レイヤートリック

minapさん、http://d.hatena.ne.jp/minap/20051208/b1
N31さん、http://d.hatena.ne.jp/N31/20051208#1134001524
REVさん、http://d.hatena.ne.jp/REV/20051203#p8
の記事をたどって見つけた「半現実」という用語から膨らんだ妄想です。

Half-Real(半現実)
The duality in video games of a real set of rules governing how the game is played and a fictional world that the player imagines.
(「プレイヤーが想像するフィクションの世界」と、「どうプレイするかを司る現実のルール」が同居する、ビデオゲームの二重性のこと。)

Half-Realよくコンピューターゲームに関して「仮想現実」だの「ヴァーチャル」だのと言われることがあるが、違和感を感じてならなかった。その理由として、「仮想現実」・「ヴァーチャル」と言う言葉が「現実っぽい仮想」というぐらいの意味でしかなくて、ゲームそれ自体も現実の一つである、という理解がすっぽりと抜けていたからだ。

それに対して、この「Half-Real(半現実、半分現実)」はずっとスッキリする言葉だ。プレイヤー達は仮想の世界を想像して遊ぶ一方で、それを実現する厳密なルールがもう一方では確実に存在して初めて、ゲームが成立する。「現実っぽい仮想」ではなくて、「半分現実・半分仮想」なのだ、と言うわけだ。


羨望は無知 - ビデオゲーム論小辞典「Half-Real: A Dictionary of Video Game Theory」
http://d.hatena.ne.jp/ConquestArrow/20051203/1133591121

 この「半現実」は、ゲーム的リアリティとか仮想現実を使ったミステリーのトリックを見つめる上で便利そうな考え方ですね。

 「ゲーム」や「仮想現実」は、それ単体では成り立ちません。それ以前に「現実」があって初めて成り立ちます。だから仮想現実に入っている人は、実は片足を「現実」に残したまま、もう片足を「仮想現実」に乗せているのですね。仮想現実に居ることの特殊性は「仮想」であることではなく、現実と仮想現実という「多層」のレイヤー構造に居ることなのです。

 この特殊性をトリックに使っているのが森博嗣さんの「すべてがFになる」や清涼院流水さんの「みすてりあるキャラねっと」ですね。済みません、今の今まで気付きませんでした。

 以下、「すべてがFになる」に使われているあるトリックのヒントを含みます、が、決定的なネタバレではない(と思います)し、メインのトリックでもないので、まぁ多分未読の方が読まれても問題ないと思います。

 「すべてがFになる」は現実と仮想現実の両方が舞台の作品です。今はこの2つを「現実レイヤー」「仮想現実レイヤー」と捉え、レイヤーが重なって作品世界ができていると考えます。

 ます現実レイヤーを見てみます。

現実レイヤー

境界条件A(密室)

境界条件B(密室内密室)

 この作品では何重もの密室が登場します。この時点でメタな構造がある訳ですね。ここでは何重もの密室構造の内、2つを抜きだしてを便宜的に「境界条件A」「境界条件B」と呼ぶことにします。

 さて、この現実レイヤーにはコンピューターネットワークが存在します。ところがご丁寧にも、作中ではこのネットワークは外部との自由な接続が絶たれています。つまり「コンピューターネットワーク=仮想現実レイヤー」でも密室的な境界条件が存在し、しかもそれが「現実レイヤー」の境界条件と同じになっています。これらを「境界条件A'」「境界条件B'」とします。

仮想現実レイヤー

境界条件A'(孤立ネットワーク)

境界条件B'(孤立ネットワーク)

 こうして書くと作中には、密室内密室のようなメタ構造とは別次元のレイヤー的メタ構造があることが分かります。これ自体は実は現実生活ではよくあることです。特に今これを見られている方はインターネットをやられている訳ですから、こうしたメタ構造を実感することがよくあるでしょう?

 ただし、であります。「すべてがFになる」では「境界条件A」と「境界条件A'」、「境界条件B」と「境界条件B'」が全く同じ位置に設定されているために、読者からはこのレイヤー的メタ構造が見えないのです。つまり「現実レイヤー」と「仮想現実レイヤー」があるのに、ぴったり重なっているので「仮想現実レイヤー」が隠れていることに気付かないです。

 ここで作中ではあるイベントが発生します。このイベントにより現実レイヤーの「境界条件A」は「境界条件C」に変化します。

現実レイヤー

境界条件A→境界条件C

境界条件B

 一方、仮想現実レイヤーは現実レイヤーとは違うルール(原理)で動いているので、「境界条件A'」は「境界条件C」とはまったく違う「境界条件D」に変わってしまいます。

仮想現実レイヤー

境界条件A'→境界条件D

境界条件B'

 こうして「境界条件C」とは異なる「境界条件D」が出現することにより、現実レイヤーの裏に潜んでいた仮想現実レイヤーが見えてきます。しかし、読者は仮想現実レイヤーを意識していなかったので、このことにすぐに気が付けないんですね。仮想現実レイヤーでも「境界条件C」が成り立っている思い込んでしまうorそもそも仮想現実レイヤーがあることを忘れているのです。

 そして犯人は「境界条件C」と「境界条件D」のずれを利用してまんまと捜査陣を出し抜いてしまうのです。両足とも同じ「境界条件C」にあると思っていたらそこにあるのは片足だけ。もう片足は仮想現実レイヤーの「境界条件D」にあったためにすっ転ばされてしまう、この意外性。ここまできて読者は「やられた!現実と仮想現実はルールが違うんだった!」と叫ぶのであります。

 現実と仮想現実の多層性、およびそれらによって生まれるルールの多重性を利用したこのトリック、素晴らしいアイデアだと思いますが、ミステリーでは結構ポピュラーなのでしょうか。