二人の目的が一致しない物語〜「狼と香辛料」

狼と香辛料 (電撃文庫)

狼と香辛料 (電撃文庫)

 ネット上で評判が良いので読んでみました。支倉凍砂さんの「狼と香辛料」。ちなみに経済の部分の元ネタはこれだそうです。

金と香辛料―中世における実業家の誕生

金と香辛料―中世における実業家の誕生

 この「狼と香辛料」、商売の駆け引きも面白いのですが、それよりも先に物語の骨組みがよく出来ていると思います。主人公ロレンスは街から街を旅する行商人で、いつか街に自分の店を持つこと夢見ています。彼は街という共同体から見てよそ者であり、その共同体の中に受け入れられることで自己実現しようとしているのです。この作品は本来、ロレンスの立志伝、成長物語としてあるのです。

 ところがそこにホロというヒロインが登場します。ホロは村という共同体での居場所を失い、とりあえず放浪の身ですが、最終的には故郷へ戻ろうとしています。共同体から除け者にされている者同士のロレンスとホロは一緒に旅をすることになり、しかもロレンスがホロに惚れていることがバレバレですが、ロレンスとホロの最終目的は一致しません。

 ロレンスはあくまで自分の店を持つことが夢であり、それは譲れないし、ホロはあくまで自分の故郷に戻ることを目的としていて、それを取り消そうとしません。ということは、ロレンスの成長物語としてこのまま作品が完成した時、それは同時にロレンスがホロと別れなければならない時になります。逆にホロと別れたくなければ、ロレンスは成長物語の完結を先延ばしにし、その間にどうにかホロを口説くしかありません(それができるとはちょっと思えないんだけど)。良いぞ。これ、すごく良い。

 結局、1巻ではロレンスとホロの物語には決着が付かずに次巻以降に持ち越される訳ですが、支倉凍砂さんがこの物語の構造をうやむやにして逃げずにきっちり最後まで書き切れば、どういう結末になろうと印象に残るシリーズになりそうです。ハードルは高いですが、それを越えられれば傑作になる可能性を秘めていると思います。

  • 余談

 ロレンスとホロが気に入った方には、茅田砂胡さんの「デルフィニア戦記」をお薦めします。ロレンスとホロのやりとりが好きな人は、きっと「デルフィニア戦記」のウォルとリィも好きになると思います。