文庫創刊の辞って面白い

狷介庵無聊雑録-文庫創刊の辞って面白い
SSMGの人の日記-文庫創刊の辞って面白い


 では私もひとつ。

まこみし文庫創刊に際して


KANON」という物語がある。


 KANONは、PCゲームという流れの中で確固たる存在感を示している。それは同人世界の中においても同様であり、今尚物語に触れた多くの人間がその存在に影響され続けている。
 雪の街の奇跡の物語の魅力を語るにやぶさかではないが読者諸氏のそれぞれの源を尊重すべくここでは語らない。


 だが一つだけ主張しておきたい。


 まこみしは今その意義をますます大きくしている。まこぴの勝気で少し生意気だけど実はいたいけで時々けなげであうー真琴のぱんつーとか言うところとか尻尾てしてしとかみっしーのお説教が長い上に趣味がやたらに渋く時々電波が入って妄想癖もありいやそれはロマンティストなだけでありぱんつの趣味は女の子っぽいものが好き――などと例をあげるまでもなくかのラジ等を見ればその意義の大きさは明らかである。
 このまこみし文庫は、まこみしの魅力を世間になお一層広めるために二次創作の担い手の魂の顕現とでも言うべき存在たりたい。
 物語はいつか消費され忘却されうる。けれど確かに一瞬の煌きとでもいうべき「それ」を我々は共有したのだという証しであるのだという思いを抱いてここにまこみし文庫を創刊する。


 彼女たちの幸せ探しに、どうかお付き合い頂きたくお願い申し上げる次第である。


 2003年4月29日 K.Seiru

 これはいわゆる同人誌というものでして、「DF文庫」「うごうご文庫」など同人文庫は数多かれど、創刊の辞が付いているのはこの「まこみし文庫」くらいではないか*1と、え? ふざけるな?

 いやふざけている訳ではないのですが、これだけというのもなんですので児童文庫の創刊の辞を二つほど紹介いたしましょう。児童文庫は新書サイズですが一応「文庫」と名前が付いているので許容範囲内だと思います。

ポプラ社文庫を座右におくる


 日本の出版文化数百年の歴史からみて、今日ほど児童図書出版の世界が、あらゆる分野にわたって絢爛をきわめ、豪華を競っている時代はない。多くの先人が、えいえいとして築きあげた児童文化の基盤に、後進の新鋭が、新しい魂の所産を孜々として積み上げてきた、その努力の結果がいま美しく開花しつつあるといってよいと思う。
 反面、自由な出版市場に溢れる児童図書の洪水は、流通の分野で混乱をおこし、読者の立場からいえば、欲しい本が手に入らないという変則現象を惹きおこすことになった。
 加えてオイルショックに始まった諸物価の高騰は、当然出版物の原価にハネ返り、定価の騰貴をよび、読者を本の世界から遠ざけるマイナスを招いてしまった。
 ポプラ社は昭和二十二年以来、数千点に及ぶ児童図書を世におくり、この道一筋の歩みをつづけて来た。幸い流通市場の強力な支援をうけ、また制作部門のささえもあって、経済界の激動をジカに読者に転化しない方策を講じて来たつもりである。しかし三十年の出版活動の中に生んだ、世評の高い諸作品が、ややもすれば読者の手に届かない欠陥のあることを憂い、ここに文庫の形式をとり、選ばれた名作を、更に読みやすく、廉価版として読者の座右におくることにした。
 この文庫の特長は、児童図書の一分野に企画を留めず、創作文学、名作文学、実用書、少女文学等、幅の広い作品を紹介し、多くの読者に、本に親しむ楽しさを堪能してもらうところにおいた。ご批判と、変わらぬご愛顧をたまわれば幸いである。


(一九七六年十一月)

 児童文庫ですが、この文章は大人向けに書かれていますね。本の内容以外に経済・市場・流通のことで半分くらい費やしていますが、オイルショック(1973年)直後というのは出版にとってものっぴきならない時期だったということでしょうか。しかし硬い文章の中でいきなり「原価にハネ返り」や「激動をジカに」などと使わなくても良さそうなカタカナを使うのは違和感があるのですが。

講談社 青い鳥文庫」刊行のことば


 太陽と水と土のめぐみをうけて、葉をしげらせ、花をさかせ、実をむすんでいる森。小鳥や、けものや、こん虫たちが、春・夏・秋・冬の生活のリズムに合わせてくらしている森。森には、かぎりない自然の力と、いのちのかがやきがあります。
 本の世界も森と同じです。そこには、人間の理想や知恵、夢や楽しさがいっぱいつまっています。
 本の森をおとずれると、チルチルとミチルが「青い鳥」を追い求めた旅で、さまざまな体験を得たように、みなさんも思いがけないすばらしい世界にめぐりあえて、心をゆたかにするに違いありません。
講談社 青い鳥文庫」は、七十年の歴史を持つ講談社が、一人でも多くの人のために、すぐれた作品をよりすぐり、安い定価でおおくりする本の森です。その一さつ一さつが、みなさんにとって、青い鳥であることをいのって出版していきます。この森が美しいみどりの葉をしげらせ、あざやかな花を開き、明日をになうみなさんの心のふるさととして、大きく育つよう、応援を願っています。


 昭和五十五年十一月 講談社

 こちらは完全に子供向けです。そしてなんら懸案事項が挙げられず、100%前向きに書かれています。まあ子供向けで「定価の騰貴をよび」などと書いてもあまり意味ないかも知れませんが。ところでこの文章、メーテルリンクの「青い鳥」を知っていることを前提に書かれていますが、「青い鳥文庫」を読む前の段階で「青い鳥」の話を知っている子供って何割くらいなのでしょう。


「お前『しあわせの青い鳥』って話知ってるか?」
「それが何?」
「いや、まあ何でもないんだけどな」
「じゃあ訊いてくんな」*2


 ちなみに私は「青い鳥」の話を知るまで「チルチルミチル」とは100円ライターのことだと思っていたどうしようもない子供でした。

*1:しかし同人界は狭くて広い世界なので、他にも「創刊の辞」がある文庫が存在する可能性は十分あります。

*2:ちなみにこの会話はある小説からの引用ですが、「青い鳥」よりは知名度が低いと思われます。