メモ-通過儀礼譚としての「私の男」

 ネタバレ、あります。

私の男

私の男

  • 「人身御供論」を参考に、女性の通過儀礼譚として、民話「猿聟入(さるむこいり)」と比較。

人身御供論 通過儀礼としての殺人 (角川文庫)

人身御供論 通過儀礼としての殺人 (角川文庫)

舞台 猿聟入 私の男 備考
1 生家
→娘が人身御供として猿に差し出される
竹中家(奥尻)
→花が震災孤児となり大塩、淳悟に引き取られる
共同体からの「分離」段階。
猿=最初の求愛者=淳悟
2 猿の家
→姫が猿を殺害→姥に拾われ隠れて生活
淳悟の家(網走)
→花が大塩を殺害→逃避行
「移行」段階。
姥=後見人=大塩
3 姥の家
→長者の息子と会う→結婚
淳悟の家(東京)
→美郎と会う→結婚
「移行」段階。
長者の息子=二度目の求愛者=美郎
4 長者の家 美郎の家(東京) 共同体への「再統合」段階。
    • 「私の男」には「猿聟入」と似た大まかなストーリー展開を読み取ることができる。少なくとも私が読んだ桜庭作品のなかでは、通過儀礼譚としての物語構造を民話・説話ともっとも比較しやすい。恐らく、通過儀礼譚(成長譚、貴種流離譚、ビルドゥングス・ロマン)としての物語の構造うんぬんを評価基準にする人にとっては大変うんちくのしがいがある作品であると思われる。
    • 「猿聟入」では「最初の求愛者」である猿が殺害されて「後見人」の姥の元に移動する。
    • 対して「私の男」では「後見人」である大塩が殺害されて「最初の求愛者」である淳悟が「後見人」を兼ねる。
    • 花が「猿聟入」の娘のように「最初の求愛者」の淳悟ではなく「後見人」の大塩を選んでいたら、花はその後至極真っ当な人生を歩んだと想像できる。
    • 花にとっての「移行対象」は大塩なのか淳悟なのか判然としないがいずれにしろ異性である。
    • 桜庭作品の少女は同性を移行対象にすることが多かった(「推定少女」「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」などに見られる「赤×ピンク」な関係)。しかし「荒野の恋」「少女七竃」あたりから異性を移行対象にし始めたのかも知れない。(ただし「推定少女」「砂糖菓子〜」の少女の片方が一人称「ぼく」を使うことに意味を見出すこともできるかも知れない。)
  • 蛇足:楼崎一郎に淳悟の原型を見る

    • 桜庭さんご本人のインタビュー記事によると淳悟は「砂糖菓子〜」の海野雅愛からイメージを膨らませたキャラクターだそうです。が、しかし。私は「Girl's Guard」の楼崎一郎刑事こそ淳悟の先祖ではないかと思います。例えば……ヨレヨレなところとか(笑)。以下、楼崎一郎が淳悟を連想させる場面。

切れ長のその瞳――のんきそうにも、逆に抜け目なさそうにも見えて、どうもとらえどころがない


桜庭一樹「Girl's Guard 君の歌は僕の歌」P11

 一郎に笑顔が戻る。ゆっくり顔を離し、いい子だ、というように大きな手を伸ばして、マリの赤毛をワサワサ撫でる。


桜庭一樹「Girl's Guard 君の歌は僕の歌」P21

 無意識にマリの頭に手を伸ばして赤毛をくしゃくしゃにする。


桜庭一樹「Girl's Guard 君の歌は僕の歌」P22

「二十五歳ですよ。一郎君と同い年です」


桜庭一樹「Girl's Guard 君の歌は僕の歌」P45

 カウンターに隣り合わせに座った一郎が、マリの赤毛をぐりぐりと撫でた。


桜庭一樹「Girl's Guard 君の歌は僕の歌」P128

 一郎はハンドルから手を離して、マリに向き直り――
 両手でマリの赤毛をわしゃわしゃと撫でた。


桜庭一樹「Girl's Guard 君の歌は僕の歌」P176

 マリは立ち上がると一郎にグラスを渡し、ビールをついだ。
 一郎はものも言わずにビールを飲み干した。マリが目をパチクリして二杯目をつぐ。
 それも飲み干してから、グラスを置き、マリの頭をくしゃくしゃと撫でる。


桜庭一樹「Girl's Guard 君の歌は僕の歌」P198

「おう。じゃーな、マリ。俺の赤い花」


桜庭一樹「Girl's Guard 君の歌は僕の歌」P213