甲陽線脱線事故の現場検証の様子

 2008年9月20日、阪急甲陽線甲陽園駅で脱線事故が発生しました。

 すぐに脱線車輌をクレーンで吊って復旧させるのかと思いましたが、飛び込み事故などと違い、車輌・軌道・運行システムに事故原因があるかも知れない(=事故原因を調べる必要がある)ということで現場検証に長い時間を掛けているようです。

 以下、野次馬として現場検証の様子を撮影した写真です。

 甲陽園駅に入る途中でストップしている阪急電車6000系ワンマン仕様の3両編成列車。1両目は完全にホームに入っています。

 脱線した最後尾の3輌目。

 右が無事な2両目。左が脱線した3両目。連結は生きていますが、空気抵抗を低減するために2両目と3両目を繋いでいた幌が千切れています。空気抵抗を低減する幌は元々繋がっていません。訂正いたします。

 パイプ状の計器でレールを測定しているようです。

 ノートPCに測定データを入力しているようです。

「ここ、ここ撮って!」「あいよ〜」

 あ、良いな〜。あんなとこで写真撮りたい。(←仕事でやってるんです。)

 さて、このジュラルミンのケースは何でしょうか。

「1〜100」「A〜Z」これはもしや!

 そう、刑事ドラマなどの現場検証シーンでよく立てられているアレです!(←正式名称を知らない。)

「A」が何処に置いてあるのかは分かりませんでしたが、列車が脱線した直前にあるレールの分岐開始近くに「B」が置いてありました。

「C」は分岐のつなぎ目でしょうか。

 分岐が始まる付近の向こう側のレールに「1」「2」が置かれていました。「3」以降もあったのかも知れませんが見えませんでした。「C」の向きと位置は上の写真の時と変えられていたようです。

「D」「E」には何があるのか良く見えません。

 脱線車輌の車掌室付近に「F」「G」。レールに隠れて見難いですが右に「H」があります。

「I」は脱線車輌の車体番号の真下。

 レールのつなぎ目の箇所に「J」「K」。さらに、すぐ右から始まる脱線防止ガードに何かを見つけたようで、指差しています。

 脱線防止ガードが始まる箇所に「L」が追加されました。脱線防止ガードの先端が削れているように見えます。

 脱線防止ガードが大きく変形し始める地点に「M」。さらに右に「N」が置かれようとしています。

 脱線防止ガードがレールをまたぐ(!)箇所に「N」追加。

 レールの上で止まっている車輪付近に「O」「P」。注目すべきことは、車輪が通常レールに接する位置ではなく、フランジ部分でレールに乗り上げていることです。

「J」〜「P」が置かれた箇所を別方向から見ると、車輪がレールを手前から向こう側に乗り越えて、その際に脱線防止ガードを変形させたように見えます。

 先ほどの2両目と3両目の写真をもう一度。最初に見たときは3両目が手前から3本目のレール(本来3両目が乗るべきレール)からこちら側に脱線したのかと思いました。しかし脱線防止ガードの変形具合からすると、3両目は一度何らかの理由で手前から2本目のレールのこちら側に脱線した後、2両目に引っ張られる形で、2本目のレールを乗り越えて再度脱線したように考えられます。

 ここで並び替えが行われ、「H」以降が枕木1つ1つに置かれました。

「Q」以降も追加されます。

 脱線防止ガードが始まる、最初に「L」が置かれていた場所に「W」が置かれました。

「O」「P」が置かれていた車輪の箇所には「Y」「Z」が置かれました。右側には無事だった脱線防止ガードが残っています。

「H」〜「Z」が一旦取り払われ、「X」だけが脱線防止ガードがレールをまたぐ箇所に置きなおされます。メジャーで距離を測っています。

 さらに「X」が倒されて「矢印」が車輪の下に置かれます。

 脱線防止ガードがレールをまたぐ箇所にも「矢印」が置かれました。

「矢印」が取り払われ、代わりに「W」が置かれています。再びメジャーで距離を測ります。取り払われた文字や矢印は手前側に結構無造作に放り投げられています。なくさないのでしょうか。大丈夫でしょうか。

 撮影用と思われる手書の札もありました。私が現場に行ったときにはもう取り去った後だったようです。


 事故原因の解明と復旧はいつになるのでしょうか。

  • 追記

 阪急甲陽線は21日正午ころに復旧したようです。