メモ - ゲンコツホテルと北高ゲンコツ広場

 上記記事内の「苦楽園温泉マップ」では、西宮北高のすぐ南に「ゲンコツホテル跡」と書かれています。このゲンコツホテルとはどこにあったのか、少し調べてみました。

  • ゲンコツホテル

 上記記事と国土変遷アーカイブにあった1949年の空中写真から次のように推測。

    • ゲンコツホテルは苦楽園温泉街の一部として建設されたが完成前に放棄されたらしい。その後、大谷竹次郎(大谷記念美術館の寄贈者)の別邸となったが、西宮北高建設前に取り壊された。
    • ゲンコツホテルの本館は、上記「宮っ子」の記事とは少し違い、現在の北高の中校舎あたりにあった。ここからの眺めは素晴らしかったと思われる。
    • 門は本館の東と西、北高の校門とほぼ同じ位置にあった。つまり北高はゲンコツホテルの敷地をほとんどそのまま使っている。
    • ホテルの池は東西2つで、西の池は北高のプールとテニスコート付近、東の池は校庭の北西部にあった。
    • 北高内の「ゲンコツ広場」はゲンコツホテルにちなんで命名された。
  • ゲンコツ広場
    • ゲンコツ広場は1987年に作られている。谷川流さんがちょうど北高に在籍されていた時である。
    • 学校を出よう!」1巻268ページ、高崎兄と抜水優弥が話す場面に、このゲンコツ広場と思われるベンチが登場する。

学校を出よう!―Escape from The School (電撃文庫)

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涼宮ハルヒの憂鬱 (角川スニーカー文庫)

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 ただし「学校を出よう!」「ハルヒ」の作中では「ゲンコツ広場」という呼称は出てきません。

    • と思ったら「涼宮ハルヒの約束」ではそのまま「ゲンコツ広場」という呼び名で出てくるようです。良いのか、をぃ。

涼宮ハルヒの約束(通常版) - PSP

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 谷川流さんはここに湯川秀樹が訪れていたことをご存知だったのでしょうか。

点と線のミステリー

 昨日「宮っ子」を調べていた時、現在西宮北高が立っている向かいあたりにかつての苦楽園温泉街の「明礬温泉」泉源があったらしいことを知って気になっておりました。「西宮の道標」には載っていない道標が見つかったとも書いてありましたし。

 で、改めて「苦楽園」「道標」でぐぐってみたら驚くべきものを見つけてしまいました。

 え……、この宝塚市中山寺の道標って、上述の苦楽園道標と同じ人が作ったものとしか思えないのですけれども。なんで中山寺にあるの!?

 ひょっとしてこれは西宮市立郷土資料館でも把握していない新発見かな? かな?

 どうにょろ!

メモ - 甲山山頂の展望はいつ頃まであったのか

涼宮ハルヒの陰謀 (角川スニーカー文庫)

涼宮ハルヒの陰謀 (角川スニーカー文庫)

 谷川流さん著「涼宮ハルヒの陰謀」においてSOS団が上る「鶴屋山」のモデルは、西宮市にある甲山(かぶとやま)です。

 ただし作中では山頂から市街地を見下ろすシーンがあるのに、甲山山頂からは西宮市街を見下ろすことはできません。

 では山頂からの展望は谷川流さんのフィクションなのかと言うと、恐らくそうではありません。私が初めて甲山に登った時には、既に山頂は木立に囲まれて展望がなかったのですが、山頂から市街地を見下ろすことができた時期があったようなのです。それはいつ頃の話なのか、ちょっと調べてみました。

    • 1794年頃。『摂津名所図会』兜山神咒寺。大げさに見えるけれども実は写実的で、甲山は本当にこんな山である。山頂まで木が茂っているようにも草が茂っているようにも見える。左上に史邦の俳句「上代の春日(はるひ)もうつれかふと山」
    • 1908年。阪神電車唱歌で「ゆくて急がぬ旅人は 登りて見よや甲山 一目に集まる摂河泉 山川さながら画の如し」と歌われており、山頂からの展望があったと思われる。
    • 1946年。山火事で東半分が禿山状態になる。
    • 国土変遷アーカイブ(空中写真)
      • 1948年。東半分が禿山状態。神呪寺が焼けなかったのは奇跡に近いかも。西と北東に登山道らしきものが見える。山頂には何も見えない。
    • 1956年。山頂に西宮市連合婦人会の平和塔が建てられる。
    • 国土変遷アーカイブ(空中写真)
      • 1961年。東半分はまだ木がないが、草は生えているように見える。西から太い道路が北東に抜けている(ロープウェイの工事跡か?)。平和塔も見える。神呪寺からの南東のつづら折り登山道も見える。五ヶ池ピクニックロードができている。
      • 1964年。東半分はまだ木がないが、草がより茂っているように見える。
    • 国土変遷アーカイブ(空中写真)
      • 1995年。山火事の跡はほとんど分からない。山頂は木に囲まれた広場になり、広場の北西に木が1本見える。この木は現在もある。


 1980年代後半〜1990年代前半の記録がなかなか見つけられないのですが、少なくとも1984年までは甲山山頂から麓が見えたようです。1980年頃には山頂に売店まであったようです(しかし、その売店の人はあの500段くらいある石段を食材を抱えて登っていたのでしょうか?)。

 谷川流さんが1970年生まれ、西宮出身であること、西宮市の小中学校では甲山森林公園への遠足が定番であることを考えあわせると、谷川流さんが甲山に登って山頂からの展望を見る機会はいくらでもあったと思われます。「涼宮ハルヒの陰謀」においてSOS団が鶴屋山山頂で見た光景は、谷川流さんの学生時代の記憶を元に描かれている可能性が高いのです。

大塚英志×東浩紀対談集が講談社現代新書より刊行予定

東浩紀くんとの今回の対談は以前『小説トリッパー』『新現実』で行った2つの対談とあわせて、講談社現代新書から刊行されます。2度買いは嫌、という読者には一応、お知らせします。


新現実vol.5』編集後記より

新現実vol.5

新現実vol.5

 1月末に発売された『新現実vol.5』に大塚英志さんと東浩紀さんの対談『「公共性の工学化」は可能か』が掲載されていますが、これと『トリッパー'01/夏季号』『新現実vol.1』での対談が合わさって1冊の本になるようです。

新現実 Vol.1 (カドカワムック (156))

新現実 Vol.1 (カドカワムック (156))

もっとよく調べないと

桜庭一樹については俺に聞け」とか「涼宮ハルヒ聖地巡礼については俺に聞け」と言えちゃったりするのは素敵かなと。


ビッグマウスのアテンション効果 - 星ぼしの荒野から

 そう言えたら素敵ですが、私ならば今の10倍くらい調べないと言えないですね。なんかもう、よく調べないで書いては恥かいてますから。(^^;

 特にネット上だと話題性にひきずられて正確かどうかが二の次になってしまいやすいんで、なるべく注意して堅実に行きたいと思っています。

 桜庭作品については「桜庭一樹煩悩の108冊」はともかくとして、入手容易な本は桜庭作品は一通り読みたいですね。今数えてみたら23冊読んでいました。あと入手したけれども積んであるのが6冊。この際だから「すたんだっぷ風太くん!」も買おうか?(笑)