萌えイラストは古典ではなかった(今頃気付いてどうする)

マルセル・デュシャンの「L.H.O.O.Q.」を思い出した。「モナ・リザ」の複製画に鉛筆で髭を書き加えた作品だ。一昨年に滋賀県立近代美術館の開館20周年記念展 コピーの時代でこの作品を見たとき、一瞬唖然としたことを覚えている。ついでにいえば、この展覧会全体が、「写真を初めとする映像メディアの発達が、人々の絵の見かた、人々の絵に対する認識を根本的に変えてしまった」ことをあからさまに観衆に突き付けるものだった。


一本足の蛸-「叫び」が盗まれた現在、「叫び」を見るには「叫び」の複製画を見るしかない
http://d.hatena.ne.jp/trivial/20060115/1137259022

 モダニズム金科玉条とした「オリジナリティー」に打撃を与えたポスト・モダニズムは、芸術家という天才によって無から芸術作品が創造されるのではなく、むしろ引用の連鎖の中にこそ創造性があるのがという視点を投げかけました。ポスト・モダンにおける過去の美術作品を引用するという方法は、連綿とつづく美術史を一種の大きなデータ・ベースと見なすことにより、過去の様々な作品を等価な記号として些か乱暴にカット・アップし、再構築することを可能にしました。


滋賀県立近代美術館の開館20周年記念展 コピーの時代、5『盗め「西洋美術史」』
http://www.biwa.ne.jp/~sg-kinbi/copy_age/tenji3.html

 YES! YES! YES! 安眠練炭さんビンゴ!目からウロコが落ちました。

「コピーの時代」に書かれていることはれっきとした美術運動、「ポップ・アート」や「シミュレーショニズム」についての説明なんですけれども、ほとんど東浩紀さんの「動物化するポストモダン」における萌えキャラ・萌えイラストのデータベース消費についての説明と同じなんですね。

 私はキャラクターイラストを「具象画だから古典的」と考えていました。20世紀前半までの要素に分解していく絵画運動と比較することにとらわれていました。けれども「要素の使われ方」からキャラクターイラストを見る方法もあるのですね。というかそれこそが萌えのデータベース消費という考え方ですね。それでキャラクターイラストの全てを説明できる訳ではないにしても。

 キャラクターイラストは引用手法という面でシュールリアリズムやポップアートの影響を明らかに受けているのです。特に「データベースからの等価な記号のカット・アップ、再構築」というコラージュ手法の点でその影響は決定的です。うああ、なんで気付かなかったのでしょう。(汗)

『もう「動物化するポストモダン」は古い』なんてちらほら言われているのに、私はまだまだそれを理解する地点まで辿りつけていないようです。